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私の実家(旧北条市にある)には、コリー犬が2匹いる。名前はボナン(オス:黒毛)とコル(メス:茶毛)。それはそれは大事に飼われており、私が大学生だった当時、学校へ行く前にメロンパン(パン屋で作られた美味しいヤツ)を発見して食べていると『誰がメロンパン食べたが?!あれ、コルちゃん達のよ!!』と怒られたことを今でも思い出し、悲しくなる。(ちなみにオカンは高知の人で未だに土佐弁が抜けない。そして酒豪である。)
また、実家を新築した際、子供たちの部屋はナイが、犬の部屋はアル(>д<)!!といった、何とも悲しい現実が・・・(オトンの自立しろイズムの表れ)
そう、まさに子供達以上に愛情を受けて育っている犬達なのである。
そんな彼らであるが、秋頃、実家に帰ったところコルしかいない。『ボナンは・・・?』と思いながらもコルの相手をする。でも、コルも元気がない。ボナンの姿が見えないのがやっぱり気になる。
実はボナンは夏の終わり頃に亡くなっていて・・・ボナンの体調が悪くなってからコルは食事もあまり食べなくなった。同じように体調を崩したりもした。そしてボナンが亡くなった後、しばらく2匹一緒に眠っていた部屋にも行かず、両親がいる寝室近くの廊下で寝ていたそうな・・・
2匹は、いつも一緒にいることが当たり前の事で、寝る時も食事する時も一緒だった。喧嘩をすることもあったが、気の強いコルが必ずといっていいほど勝ち、まさにカカァ天下☆でも一緒に過ごして喧嘩して・・・そんな相手が居なくなった途端、コルは元気が無くなってしまった。
こんな事を思い出していると、人間も犬も似たようなものかも知れない、とフッと思った。
夫婦は自然と似てくるというが、我が家の愛犬たちも人間の夫婦のように、時を同じくして体調を崩した。そして、相方が居なくなると一緒に過ごした場所には寄り付かなくなった。
私たち人間は、親子でも夫婦でも恋人でも友人でも、いつも側にいる相手に対して『居て当たり前』のようになってしまい、時には憎まれ口を叩いてみたり思ってもいないような事を言ってしまい、相手を傷つけているような事もあると思う。
しかし、忘れてならないのは、今、当たり前のように目の前にある幸せは、ある日突然、目の前から消えてしまうかも知れないということ。
そんなことを我が家の愛犬達から学んだ。
皆さんも今、大切に思える人がいるのなら大切にして下さい。
ちなみに、今現在、私の実家には“ソラ”という名前のコリー犬がやってきた。また2匹の鳴き声と走り回る姿が戻ってきた。まだまだ若造のソラにコルは手を焼いて怒っているが、楽しそうに見える。そして、私の車には、“ボナン”、“コル”、“ソラ”と3匹の名前が入ったステッカーが貼られているのである。
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